落とし物




「これ、ころりさんの落とし物じゃないですか?」

顔を上げると、受付の女性が立っていた。
彼女は手の平にそれを置き、私を見つめていた。

「違います」

私は即答した。
平静を保っていたが、内心は焦っていた。

しまった。どうして落してしまったのだろう。

私が落したのは精神安定剤だった。


* * * * * * 


もう十年以上、私の財布の中には安定剤が入ってる。

財布の中の内ポケット。
ボタンやファスナーは無いが、小さなポケットなので中に錠剤シートを入れただけでパンパン。取り出すのも苦労する程密着していたので、落ちる事なんてないと思っていた。

以前はバッグのポケットに入れていたが、ある時薬が必要になったのにそのバッグが手元に無かった為、辛い思いをした。
それ以来、ずっと薬は財布の中。その方が常に持っている確率が高い。

今回薬を落した場所は、整骨院だった。
最近私は肩凝りが酷く、先日は寝違えたかのように背中まで痛くて腕が上がらなくなった為、整骨院に何度か通っている。


その整骨院に行くのは初めてだったが、最初はその院長の明るさに圧倒された。
明るく元気でポジティブ。とにかく「人生は楽しいね!」という会話ばかりなので疲れる。しかしここで合わせてしまうのが私。

この私が、「分かります!あははっ!」と大きな声を上げて一緒に笑う。
「旅行とか友達と飲みに行ったり、しますよー」と、平気で嘘をつく。

そういう返事をした方が、相手が楽しそうだから。相手が話しやすそうだから。
でも本音は、私自身が暗い人間だと思われたくなかっただけかも。

その整骨院は、受付の女性もフレンドリーで、待合で待っている間に世間話をしたり、治療中も患者達と会話しているような人だ。

彼女の前でも私は完璧な明るい主婦を演じていた。

だから驚いたのだ。
彼女があの落とし物の安定剤を、どうして私の物だと思ったのか?

落した直後に声をかけられたのではない。
落してから何日も過ぎたであろう日に、待合室で待っている間に声をかけられた。
周囲の人には聞かなかった。私にだけ。

これぞ被害妄想だろうか?
それとも、今まで私が演じていた明るい姿は嘘だととっくに見透かされ、精神不安定な人間だと思われていたのではないか?

今後あの整骨院に行っても、今までのように演じられる自信がない。




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Posted byころり


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