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頼れる存在

2017/11/05 Sun 21:50

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事故に遭った時、実は夫婦二人で入院した。たった一日だけ。

怪我は本当に大したことは無かったのだが、運ばれたのが夜遅かったのもあり、検査の為に入院した。

小さな個人病院で、古びた感じが落ち着かず、神経質な私はベッドに横になるのも躊躇われた。せめて自分の家から使い慣れたタオルを持ってきたい。

入院する必要なんてないのに、早く家に帰りたい……そんな事を思いながら一晩過ごした。

何より心配だったのは愛犬の事。

事故に遭い病院に運ばれた後、すぐに実家の母に電話し、愛犬の事を頼んだ。
合鍵を持っている母にタクシーで家まで行ってもらい、ペットホテルまで連れて行ってもらった。

夜遅くまで営業しているホテルがあって良かったとホッとしたが、愛犬は今までペットショップや他人に預けた事もなく、幼い頃から私と一緒に寝るのが日常になっている。どれほど不安になっているかと思うと今すぐ病院から飛び出して迎えに行きたかった。

本当は母が一晩預かってくれる方が少しは安心なのだが(愛犬はケージが苦手な為)、母はとてもそんな大変な事は出来ないと言い、すぐにペットホテルを提案した。


こんな時ぐらい、私の願いを聞いてくれてもいいのに……。
そう思ったが、愛犬をホテルまで連れて行ってくれるだけでも有難いと思わなくてはいけない。
もし母がいなければ誰にも頼む事が出来ず、愛犬は不安なまま真っ暗な家で待ち続ける事になる。

さらにこれぐらいの事故で良かったが、もっと大事故で私達の意識が無くなるような状態であれば、何日も家に帰れなくなる。
犬を飼う事に責任を感じると先日の記事でも書いたが、今回の事で更にその気持ちが強まった。
今はまだ夫婦二人いるからいい、そう思っていたが、二人で事故に遭ってしまえば一瞬にして愛犬は独りぼっちになる。

こんな時、他の人ならどうするのだろう?
親、子供、友人……

頼むとすればその範囲だろう。
他人と関わるのが苦手で、誰かに頼み事をするのも苦手な私。
今は親がいるが、その親も年齢的に頼りに出来なくなりつつある。

子供もおらず、友人もいない人間は、いざという時どうすればいいのか……本当に不安だ。

翌日退院し、ペットホテルに愛犬を迎えに行った。
愛犬は泣いていた。

鳴いていたのではなく、泣いていた。

「ごめんね、ごめんね」

私もそう言いながら涙ぐんだ。

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子なし

責任

2017/10/28 Sat 09:41

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犬の散歩中に会う男性がいる。

年齢は50代半ば。
最初の頃は会えば会釈する程度であったが、犬同士の気が合うのか、お互いの連れている犬が近寄ろうとする為、いつの頃からか自然と飼い主同士も会話するようになった。

といっても全て犬の話。犬の性格や健康状態。どこの病院、どこのトリマーに通っているか?等々。そして時々うちの子自慢。そんな会話の中でお互いの犬に対する愛情を感じられ、私にとっては楽しい瞬間だった。
犬の散歩中には他に多くの人とすれ違うが、全ての人と会話する訳ではない。ほとんどの人とは無言ですれ違う。だがこの男性はなぜか話しやすかった。

私は職場でも近所でも、やはり男性の方が気を使わずに話せるようだ。

それが、少し前からその男性と犬を見かけなくなった。
1週間、2週間と会わなくなると、悪い想像をしてしまう。
もしかして犬に何か?それとも飼い主に何かあったのだろうか?いやいや、単に引越しされたのかもしれないし……。

2週間以上見かけない日が続くと、きっとこのまま会う事はないだろうと思った。

それからしばらくしたある日、私がいつもの様に犬を連れて散歩していると、見知らぬ車にクラクションを鳴らされた。
振り返ると、その車の窓が開き、「こんにちは」と声をかけられたのだが、何とその声の主はあの男性だった。

「あ!」

私が驚きの声をあげると、男性が言った。

「うちの犬、亡くなったんですよ。だから散歩に行く事もなくなってしまって」


やはりそうだったか。他人の犬ではあるが、悲しい。あれだけ可愛がっていた様子を知っているだけに、明るくその事実を話そうとしている様子が痛々しく感じる。

男性は車を停車し、わざわざ降りてきてくれた。

「妻はショックで毎日泣いていてね。僕も仕事中にアイツ(犬)の事ばかり考えてしまって、ハハハッ」と、男性は取って付けたように笑った。

何と言っていいのか分からない。ただ私は、

「分かります、分かります……」と繰り返した。

男性は言った。
「もう犬は……というかペットはこれで最後だと思っていたので今後は飼わないつもりです」

その男性に子供がいるのかどうか知らない。
だが以前からお互いによく話した。
ペットを飼うという事は責任がある。自分の年齢とペットの年齢を考え、ペットの最期を看取れる自信がなければ飼えない。

特に私達夫婦のように子供がいない場合、「万が一何かあれば子供にペットを引き取ってもらう」という甘えもあり得ない。

老後、今以上に孤独になるだろう。もし夫に先立たれれば、よりペットを飼いたくなるだろう。
だがそんな年齢だからこそペットを飼う事は難しいと思うと、この先が本当に寂しい。

愛犬を膝の上に抱き考えた。
この子がいなくなる生活なんて……耐えられるのだろうか。

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子なし

一番

2017/10/10 Tue 09:40

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以前、夫の実家に行った時、義母が言っていた。

「私は夫と全く趣味が合わないから、性格も合わないの」

その言葉の後には「だから老後も息子と一緒に暮らしたいの」と、いつもの同居話に繋がってしまったのだが、その話を聞いていた私は納得できないものがあった。


またある日、パート先でも主婦同士が話していた。

「私と主人は趣味が違うから休日は別に過ごすし、家でもほとんど会話がないわ」と。

その時も内心、モヤモヤとしたものを感じた。


「趣味が違うから」

だから性格が合わない、だから会話がない、

どうしてそうなるのか不思議でならない。



私と夫はどうなのだろう?と考えてみた。
実際、私も夫も、他人に堂々と趣味ですと紹介出来るような趣味はない。二人ともアウトドアではないし、派手な場所は嫌いだ。
そういう意味で、私達の場合は「趣味が合う」に属するのだろうか?ちょっと違う気もする。

私と夫は観るテレビ番組も全く違う。聞く音楽も違う。私は読書が好きだが、夫は本嫌い。夫は政治の話が好きだが私にはちんぷんかんぷん。
日常生活の一つ一つを考えると、興味のあるもの好きなものが一致しているとは言えない。

だからと言って、性格が合わないと感じた事はない。

夫が好きな歌手の曲の話を嬉しそうに話している時、私は曲に興味はないが、熱を込めて話す夫を見ているのが嬉しい。
私は映画や海外ドラマが好きだが、今日は観た映画の感動場面を夫に話す時がある。
夫に内容はよく伝わらないが、私の話を聞き終えた夫は、「余程感動したんだね。早口過ぎて聞き取れないよ」と言って私を茶化す。

ただそんな会話をするだけで、お互いの好みが近寄る事はないが、それでも互いの興味のある事、思った事を話すだけで、一緒にいる意味があると感じる。

こんな生温い事を言っているのは私だけなのだろうか?

それにしても周囲に「配偶者が一番」と言う人がいなくて残念。
一番一緒にいて楽なのは、友達、子供という人がほとんど。

私はそのどちらもいないから仕方なく夫が一番なのかも?
もし友達や子供がいれば、一番が別の人になっていたのだろうか。


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子なし
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